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LIFEPORT

人生に良い悪いはない。来た道進む先が違うだけ。

ラ・ラ・ランドに見る。これでいいのか日米の映画ポスターデザインの違い

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空気は察せど映画は察せず

アートディレクターであり写真家、
ワタナベアニ(@watanabeani)さんの noteでの投稿に心を打たれました

デザインが先か、民度が先か。

僭越ながら一部抜粋します

左がオリジナルのポスター、右が日本版。
よく邦題がダメだとか言われるけど、とにかく「日本人は説明がないと理解できない」と映画配給会社を始め、自らが国民性を規定して納得しているようなのだ。
出典:デザインが先か、民度が先か。



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やっぱ抜粋やめよ

抜粋して真意が伝わらないと至極失礼なので
以下全文です

そもそも日本人は、隠すこと、言い過ぎないことを美徳としてきた。俺より学年が800コ上の世阿弥パイセンもそんなことを言っていたはず。それがどんどん「福袋は中に何が入っているかわからなければ買わない」というような子供っぽいワガママがまかり通るようになってきた。

それに合わせていると、いつしか常識になり、それで育った人はボトムラインがそこからになる、という何が卵で何がニワトリかはもうよくわかんない。

俺はデザインする側なんだけど、オリジナル版は情報不足で、日本版の方が楽しくていいじゃないかという発言をデザイナーから聞くこともある。そこは理解不能。左が兼六園、右がUSJだとして、USJに行きたいと言われてしまったら議論の余地がない。行ってくださいとしか言えない。

典型的なこのポスターを見るといくつかのエレメントに特徴があって、とにかく映画を観る前にそれが傑作なのかどうかを徹底的に教えてもらわないと決断できない。盛りだくさんでオカズがたくさん入っていると言わないと買ってくれない。損をしたくないし得をしたい。そこで民度というのが決まるよね。

ちなみに日本のデザイナーは無能なのかというとそうではない。オリジナル版のタイトルは、Ryoichi Tsunekawaさんという日本人デザイナーが作ったエレガントなフォント。

つまりアメリカで日本人が作った美しい書体を使ってシンプルなポスターをデザインしたが、それは日本のマーケットでは機能しないとされてフォントも太いモノに変更された。各シーンをガチャガチャに詰め込み「アカデミー大本命、観るもの全てが恋に落ちる」と説明しまくったものが日本の正義なのだという。

単純に言うと、こういう説明が好きな人はディズニーでもUSJでも行くといいのだ。感受性豊かな自分の子供に「コレが映画に出てたヤツだよ」と言えばいいんだから。兼六園に連れて行って何がいいのかを説明できる親はそうすればいいし、そして両方の子供たちは種類の違う育ち方をするんだろうと感じる。

追記:子供はディズニーが好きだと思い込んでいるかもしれないけど、親がディズニー以外のあらゆるもので子供の反応を見てから決めてね。

出典:デザインが先か、民度が先か。


ワタナベアニさんはデザインする側としてのご意見を述べられておられますが
僕はいち消費者側として残念に思います

ワタナベアニさんの例えになぞらえるなら

「そんなに人を呼びたければミッキーの形に剪定したらどうだ」

大人はそう言うのかもしれないが
そんな兼六園は見たくないし二度と行きたくない

ラ・ラ・ランドのこの2つのポスターを見て

右側のほうが鑑賞好奇心をそそられる人の方が多いってことなのだろうか?

個人的には考えられない

アメリカのオリジナル版は人の感性に訴えかけるデザインに思えます

感性を信じられない人生や社会

そんな空気は今の日本社会にあるんじゃないかな

適当に米国オリジナル版と日本版のポスターを比較をした

ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅

ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅

オリジナル版からは
どこか幻想的な世界観を感じますが

一方日本版
がっつりマジシャン的なオーラを感じます

消すよ

東京タワー消すよ

ゴーストバスターズ

ゴーストバスターズ

オリジナル版からは過去の作品の継承や尊敬を感じます
それでいて「女性だからってなめんなよ」という強いリブート版のメッセージを感じます

一方日本版、

えこれパロディ?どのケーブルTV?

この「バスター開始」っていうフォント

オリジナル版が持つ意図や意思と本当に合ってるのかな

美女と野獣

美女と野獣

オリジナル版
儚く悲しい物語を彷彿させる美しさを感じます

一方日本版、

「野獣の秘密、ベルのあやまち」

昼ドラの告知じゃねーかw

沈黙 -サイレンス-

沈黙 -サイレンス-

オリジナル版

これは間違いなく「沈黙」

ぐっ・・とこらえた感じ

一方日本版

もう

しゃべってるよね

あのさー!この映画さー!苦しいわけよ!
でもね!沈黙っすから!キリシタンが!

フレディVSジェイソン

フレディVSジェイソン

えやだ

怖夢激突だって

超怖いんですけど

なるかい

映画の良さを伝えたいのか、映画の収益を上げたいのか

堅い話は置いておいて、

アメリカのオリジナルポスターは感性にビシビシ訴えかけてきてるな!と感じます
僕は完全にオリジナル派です

思うに日本のポスターはいかにたくさんの人を集められるか、しか考えていない気がします
嫌いです。そういう人の嫌な部分

アメリカ人のことをよく「ビジネス的ですげえドライ」と言い、
日本人は「人情にあふれてどうだこうだ」と言われますが

ポスターだけ見たらなんのこっちゃない
日本人は金のことしか考えていない

”人を集められるような言葉バンバン載せとけ!”
”余白あるだけ書いとけ!”

そう見える

極端な話

書けるものならモナリザの原画にも

「あの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた究極の1枚にアナタは圧倒される!」

ってゴシック体で空きスペースに書きたいのだろうか

やってることは一緒な気がする

そもそも

そもそもだが

ポスターは消費者に届く前に変えていいって誰が決めたんだろう

ぜひともオリジナル版が使われるような社会になってほしいと思います

想像を越えないけど

オリジナル版のポスターに囲まれた映画館って良い意味ですごい異空間に見えませんか?

それも1つのデザインだよね

なおララランドのあの美しいフォントについても調べてみました
エレガントなフォントを作り出した日本人の名はRyoichi Tsunekawaさんです

navygrapewalk.hatenablog.jp

最後になりましたが
僕はワタナベアニさんと一切面識がないにもかかわらず引用をさせて頂きました

公式サイトや公式ブログをご紹介します
ご興味あるからはどうぞ

watanabeani(公式サイト)

ワタナベアニ 公式ブログ Powered by LINE

ワタナベアニ | note

最後まで読んで頂いてありがとうございました